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Rti 台湾国際放送Rti 台湾国際放送宝島再発見 - 2021-10-02_岸田文雄自民党新総裁の曽祖父、かつて基隆に店構える

  • 02 October, 2021
宝島再発見
日本自民党の岸田文雄新総裁の曽祖父岸田幾太郎がかつて今の基隆市の信二路と義二路の交差点に「岸田呉服店」と「岸田喫茶部」という二つの店を構えた。この二つの店となった建物は今もほぼ完全な形で残っている。「岸田呉服店」があったのは義重町2丁目18番地。現在の基隆市信二路と義二路の交差点にある、信二路290-1號。今一階はベーカリー(パン屋)、二階はイタリアン料理のレストラン。基隆市文化局の陳静萍・局長によると、当時、「岸田呉服店」は、高級な呉服や舶来品を取り扱っていた。「岸田喫茶部」だった建物は、1947年に創業された、台湾初の繁体字中国語の書籍を売る「自立書店」が入っていたが、今修繕工事のため営業停止になっている。(写真:CAN)
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日本自民党の岸田文雄新総裁の曽祖父岸田幾太郎がかつて今の基隆市の信二路と義二路の交差点に「岸田呉服店」と「岸田喫茶部」という二つの店を構えた。写真は日本統治時代の基隆市の街路図。(写真:CNA)

日本の与党・自由民主党は9月29日に総裁選挙を行い、岸田文雄前政務調査会会長を第27代新総裁に選出しました。岸田文雄氏は、日本の第100代首相になります。この岸田新総裁の祖先が、台湾北部の港町・基隆市と深いゆかりがあることは、最近台湾で話題を呼んでいます。

基隆市の林右昌・市長は9月30日、報道陣のインタビューに対し、岸田新総裁の曽祖父である岸田幾太郎(きしだ いくたろう)氏とが1895年、現在の基隆市の義一路と義二路一帯にあった基隆義重町に移住し、家族と「岸田呉服屋」と「岸田喫茶店」を経営し、木材の売買も行っていたと明らかにしました。この二つの店となった建物は今もほぼ完全な形で残っています。

義重町は、当時、「基隆の銀座」という美名がありました。清朝時代に「哨船頭」と呼ばれ、日本統治時代の1931年、日本人によって「義重町」に改名されました。当時台湾で最も賑やかな商業エリアだといえます。「岸田呉服店」があったのは義重町2丁目18番地です。現在の基隆市信二路と義二路の交差点にある、信二路290-1號です。今、一階はベーカリー(パン屋)、二階はイタリアン料理のレストランです。基隆市文化局の陳静萍・局長によりますと、当時、「岸田呉服店」は、高級な呉服や舶来品を取り扱っていました。

林右昌・基隆市長は、かつての歴史が台湾と日本を結び付けている。基隆市はそれを非常に誇りに思っているとし、台日関係が今後もさらに深まるよう願うと期待を寄せました。

林市長によりますと、岸田新総裁の曽祖父である岸田幾太郎氏は1867年、広島県広島市に生まれました。1895年、28歳のとき、基隆の義重町に移住、弟の多一郎氏とともに現在の基隆市信二路と義二路の交差点に「岸田呉服店」と「岸田喫茶部」という二つの店を構えました。幾太郎氏は基隆に4年間滞在した後、1899年に広島県呉市に戻り、別の事業を始めました。

基隆市は近年、文化や歴史の保存や古い建築物の再利用などに力を入れています。「岸田呉服店」と「岸田喫茶部」があった建築物は保存状態が極めて良好、現在の家主も文化や建築物の保存に積極的に取り組んでいます。「岸田呉服店」があった場所は現在、洋食レストランになっています。「岸田喫茶部」があった場所には今、基隆の老舗書店「自立書店」が入っています。

「岸田喫茶部」は、国民政府が台湾に移ってきたあと、「小上海小酒館」となりましたが、1951年に閉店しました。その後、「自立書店」の創業者・陳上恵さんが借り、1963年にはそれを買い取りました。「自立書店」は、1947年に創業された、台湾初の繁体字中国語の書籍を売る書店です。

基隆市文化局は、文化部(日本の文科省に類似)の「私有老建築保存再生計画(私有の老朽化建築物保存再利用計画)」に参加し、国の補助金を使って市内の古い建築物9軒の修復に取り組んでいます。その一つはこの「自立書店」です。

林市長は、岸田文雄氏が政務調査会会長在任中、経済と人権政策の推進に積極的に取り組み、台湾による環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)への参加申請に対しても支持を表明したと感謝、自民党は新総裁リードの下、今後も台湾と日本との友好関係の強化、および頻繁な交流の維持に努め、共に台湾と日本の協力関係と発展のために努力するよう期待を寄せました。

なお、基隆市と広島県呉市は、2017年4月に姉妹都市協定を結んでいます。

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