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Rti 台湾国際放送Rti 台湾国際放送GO GO台湾 - 2021-09-25_台南・鹽水エリア

  • 25 September, 2021
GO GO台湾
2021年、大注目の台湾版大河ドラマ「斯卡羅(Seqalu)」のロケが行われた「內糖廠影視基地」が今、台湾の人たちの間で人気スポットとなっている。(写真:CNA)

トーク①:話題のドラマ斯卡羅”のロケ地として注目の「岸糖廠影視基地」≫

海外に旅することができない今、台湾の人たちは国内旅行を楽しみ始めていますが、最近、注目を集めているのが、台湾南部・台南の鹽水エリア。

鹽水エリアと言えば、毎年旧暦の1月15日「元宵節」に100万発を超えるロケット花火や爆竹が鳴り響く、“世界三大民族伝統祭り”の一つ「鹽水蜂炮(塩水ロケット花火祭り)」が行われるエリアです。

ここは、台南市の北西部に位置していて、北は嘉義県と隣接しています。なんでも台湾で最も早く開発された地区の一つなんだそうです。

早くは台湾原住民族シラヤ族が生活をしていて、後に漢民族が入ってき、八掌溪という川を使って鹽水まで多くの船が往来し、港の周辺は交易の場として栄えていきました。

鹽水エリアは、その地形が“月”のような形をしていたことから、「月津」とか「月港」と呼ばれていて、かつては「一府二鹿三艋舺四月津(一に台南の「府城」、二に彰化県の「鹿港」、三に台北市の「艋舺」、四に台南の「月津」)」と呼ばれていたそうで、当時、このエリアが繁栄していたことを表しています。

そんな鹽水エリアは、日本統治時代に鉄道の建設計画も上がったそうですが、結局は実現せず、その後、経済的な発展は停滞していきました。でも、現在でもかつての繁栄を感じさせるような歴史ある古い街並みが残るエリアです。

その鹽水エリアが今、台湾の人たちに人気の観光スポットとなっています。その理由は、今年(2021年)大注目の台湾版大河ドラマ「斯卡羅(Seqalu)」のロケが行われた場所だから!

このドラマ「斯卡羅」は、日本が台湾を統治するよりも前の時代、1867年に台湾最南端の地で起こった「ローバー号事件」を軸に、台湾における多様なエスニックグループの融合のプロセスを描いた物語。

その時代を再現するために、この台南の鹽水にある「岸內糖廠影視基地(岸内製糖工場撮影所)」に漢方屋、布屋、お茶屋、レストランなど1860年代の明朝・清朝時代の府城の景色を作り出しました。

そのロケ地が今、団体向けに9月17日から10月31日まで期間限定で開放されていて、注目を集めているんです。

実はこの「岸內糖廠影視基地」は、日本時代に台湾に設立された製糖会社「台湾製糖」の工場の遺跡で、近くに老街(オールドストリート)や、「月津港」などの観光スポットもあることや、およそ33ヘクタールと広いその敷地から、台南市と文化部が協力しておよそ2億4000万台湾元(日本円およそ9億6000万円)を投じて、初の撮影所を作ったんです。

「岸內糖廠影視基地」は“時代背景エリア”、“映像制作サービスエリア”、そして“文化体験サービスエリア”の3つに分かれていて、そのうちの“時代背景エリア”が主に映画やテレビの撮影に使用されます。現在、「清の時代の漢民族の市街地」のオープンセットが台湾版大河ドラマ「斯卡羅」で使われたほか、台湾の各テレビ局も使用していて、2つ目のセットとなる「日本時代の栄町」というオープンセットが2021年末に完成する予定。さらには今後、「台北市の昔の繁華街大稻埕の街並み」というセットも登場する予定です。

また、“映像制作サービスエリア”には、映像制作のサポートをメインとして、専門の撮影技術や設備を提供し、撮影後の作業を行うポストプロダクションエリアや小道具工房、機材倉庫などを設けています。また、“文化体験サービスエリア”は、まだこれからですが、今後、映画館や、体験センター、芸術文化教育の展示スペース、クリエイティブショップ、テーマレストラン、ホテルなど、特色ある空間を設け、展示会や講演、映画やテレビのプロモーション活動に利用していく方針だそうです。

まだ、全ては完成しておらず、現在は団体のみの期間限定での開放ですが、今後、整備が進んで完成すれば、日本の太秦映画村のようなスポットになるかもしれませんね。

「岸內糖廠影視基地」までのアクセスは在来線台湾鉄道「新營車站」下車、駅前のバス停から「棕4」のバスに乗って、「岸內」バス停下車、徒歩5分ほどです。

トーク②:岸內國小&橋南老街≫

「岸內糖廠影視基地」のすぐ近くに「岸內國小(岸內小学校)」があるんですが、そこに足を運ぶとちょっと不思議な感覚になります。

というのも、小学校のゲートのわきに狛犬がいるんです。

実はここは、かつて日本政府が、遠く離れて暮らす日本人に心のよりどころをと、この周辺の住民を別の場所へ移動させ、「天照大神神社」と製糖工場の“日本式”の宿舎を建てました。

戦後、「台灣糖業」となった製糖工場は、社員のために神社を取り壊して「岸內國小」を建てました。その時に、神社の入り口は壊され、学校の入り口となり、神社の本堂は学校の事務室となったのですが、入り口の狛犬と石灯籠は残されたんだそうです。

ここに日本人が住んでいた名残もこのように残っています。

また、「岸內糖廠影視基地」はまだ自由に参観に訪れたりすることはできませんが、この鹽水では、その周辺エリアの建物からも昔の雰囲気を感じることができますよ。

付近には、200年以上前、交易の要所だった「月港」があって、その港口のそばには「橋南老街」という、昔ながらの古い建物が並ぶ“老街”があります。全長400メートル、幅は6.8メートルの清朝古道が現存している場所です。

一部は台湾式の昔ながらの商店の建物を保存していて、伝統的な奥に広がる“閩南三進式建築”で、建材の多くは中国大陸から輸入された赤レンガを使用していたのも特徴で、それが今も残っています。

そんな数ある古い歴史のある建物の中でも特に長い歴史を持つ「泉利號打鐵舖(鍛冶屋せんりごう)」というお店が有名です。ここは包丁や鍬、シャベル、熊手などの農工具のお店。今から200年以上も前に、福建省の泉州からこの地にわたってきた李麟禧氏が立ち上げ、現在は6代目です。

お店の建物は古今の2つの空間になっていて、片方は古い福建杉を使った建物で、戸板や鉄を溶かす溶鉱炉、刃を研ぐ道具など、70年から100年以上の歴史を持つものばかりが保存されていて、“鍛冶屋博物館”ともいえるお店です。

一方で、もう片方は明るく透明なキャビネットがおいてあり、そこには様々な種類の刃物や、ナイフアクセサリーが並べられています。

これは現在の6代目が2004年に家業を継いだ際に、展示スペースを設けたもので、工房と展示スペースではそれぞれ違ったお客さんが見学や購入に訪れるそうです。

新旧が交わる「泉利號打鐵舖」は、“国家文化記憶”として「台南研究資料庫」に記録されていますよ。

ぜひ足を運んでみてくださいね。

トーク③:永成戲院&八角樓≫

「橋南老街」から5分ほど歩いたところに「永成戲院(永成劇場)」という趣のある劇場があるので、そちらにもぜひ足を運んでみてください。

ここは、歴史ある建物を台南市が改修して、2014年にリニューアルオープンした劇場なんですが、その前身は劇場とは全く関係のない、「永成碾米廠(永成精米所)」という精米所だったそうです。日本統治時代は日本政府との長きにわたる協力関係から幅広い人脈を持ち、商売も繁盛していましたが、戦後、日本人が台湾を去ってから精米所としての商売にも陰りが見え、思い切って劇場に生まれ変わらせたんだそうです。

劇場に転身後は、鹽水エリア一帯の政治家や著名人が集まる場となり、映画の上映だけでなく、時には劇団を招いて講演を行うなど、鹽水エリア最大規模の劇場だったそうです。

ただ、時代の変化と共に「永成戲院」は2000年に廃業するのですが、後に台南市が1000万台湾元をかけて改修工事を行い、当時のカーテンやヒノキの長いす、そして古い映写機など、様々な道具も残され、また、劇場内には、当時の有名な映画スターのサインなども残されています。

そして、現在も映画の上映や、伝統劇や布袋戲(ポテヒ)などの上演も行われていますよ。

平屋の大きな木製の建物で、木の壁、木の窓枠、そして中は天井の梁がむき出しになった造りの昔の日本家屋のような雰囲気。そしてさらにはヒノキの長いすが並んでいて、そこに座って映画を見る…

椅子は決して落ち着けるような柔らかさではありませんが、なんだか木に包まれて“心が”落ち着く空間です。

映画館としてだけでなく、イベントスペースもありますので、ぜひのぞいてみてくださいね。

そしてこの「永成戲院」から徒歩3分ほどの場所にある「八角樓」も有名なスポットです。

先ほどご紹介した曲「想起月津港」の歌詞にも登場しているんですよ。

ここは1847年に建てられた大きな木造住宅。建材は全て中国大陸から輸入した福州杉とレンガを使用していて、当時のこの鹽水エリアの繁栄を象徴するような立派な建物に、日本統治時代に「史跡名勝天然記念物保存法」、および乙未戦争で日本軍が上陸した際、伏見宮貞愛親王が八角楼を休憩及び指揮拠点としたことから「伏見宮貞愛親王御遺跡」という名義で史跡に指定されました。また、「台南の歴史的建築十景」や、「台湾歴史的建築物百景の第7位」にも選ばれています。

2階建ての建物なんですが、本当に立派でとても大きく見えますよ。当時の繁栄ぶりがうかがえる大豪邸ですね。

この「八角樓」は、今も鹽水エリアのランドマークとなっています。

台南は“古都”と呼ばれ、古い建物が多く残る街ですが、中でもこの鹽水エリアは早くに栄えたその面影を感じることができます。

あぁ、200年前はここに船がついて、交易がおこなわれていたのか~など想いを馳せながら街歩きをしてみてくださいね。

また、鹽水エリアと言えば、油で揚げてから茹でた卵麺で、インスタント麺のルーツとも言われてる「意麵」の発祥の地。街歩きをしてお腹がすいてきたら、ぜひこの「意麵」も忘れずに楽しんでくださいね。

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