文化の台湾 - 2021-03-19_2・28事件の際多くの台南の人を救った「湯德章弁護士」

  • 19 March, 2021
クラウドファンディングによって8000人以上から1000万元もの募金を集めて買い戻し、命日である3月13日にオープンした「湯德章記念館」。1階の入り口付近には湯德章法律事務所の机やオフィスの屏風などが展示されている。(写真:CNA)

先週、3月13日に、台南市に「湯德章記念館」が開館しました。この湯德章とはどのような人かというと、戦後間もない台湾で起こった「2・28事件」に巻き込まれながらも命がけで多くの台南の人々を救った弁護士です。

1907年、熊本県宇土市出身(*1)の父と台湾南部・台南出身の母のもと、日本統治下の台南で生まれ育った湯德章─。日本名は坂井徳章と言います。

父は警察官でしたが、1915年、湯德章が8歳の時に、現地で起きた最大規模の抗日事件とされる「西来庵事件(別名:タパニー事件)」によって命を落とします。

残された湯德章は父の志を継いで警察官となりますが、「台湾人の人権を守るために弁護士になる」と、警察を辞め、東京へ渡り、当時の日本の最難関国家試験である高等文官試験に挑戦しました。最終学歴は「小学校卒業」という学歴でしたが、猛勉強をし見事、高等文官試験の司法科と行政科に合格。日本に留まることも勧められましたが、台南に戻り、弁護士として活動をしていました。

第二次世界大戦後の1947年2月28日、台北で闇タバコ売りの女性が取り締まりの警察官に殴打された事件をきっかけに台湾人の国民党政権への不満が爆発、さらに抗議のデモ隊が機銃掃射を受け、多くの死傷者を出したことから、暴動が一気に台湾全島へと広まっていった「2・28事件」が発生。

この時、湯德章は、政府が大陸からの軍隊の派遣を要請し、一気に弾圧する方針であることを見抜き、台南市の騒動が拡大しないよう奔走し、台南の学生たちが決起しようとする現場に自ら乗り込んで、彼らを説得し、武器を回収し、当局に返却して、その後の政府の容赦ない武力鎮圧から多くの若い命を救いました。

しかし、湯德章はその後、「事件の首謀者の日本人」として当局から逮捕されてしまいます。逮捕された湯德章は逆さづりにされ、銃床で殴りつけられる激しい拷問を受け、武器提供者の名前を自白するように迫られますが、肋骨を折られても、学生たちの命を危険にさらさないよう、最後まで1人の名前も明かしませんでした。

そして処刑が決まり、台南市中心部の広場「民生緑園」に連れていかれた際、目隠しも、木に縛り付けられることも拒否し、台湾語で「目隠しは必要ない。なぜなら私には大和魂の血が流れている。もし誰かに罪があるとしたら、それは私一人で十分だ」と叫び、最後に“日本語”で「台湾人、万歳!」と叫んだあと、3発の銃弾に倒れました。1947年3月13日のことでした。

台湾では1987年まで38年間にわたって戒厳令が敷かれ、このことを教えられたりはしていませんが、台南ではひそかに語り継がれていました。

そして、1998年、台南市は湯德章が亡くなった「民生緑園」を「湯德章公園」と改称し、湯德章の胸像が建てられました。

また、2014年には、当時の賴清德・台南市長により、湯德章の命日である3月13日を台南市の「正義と勇気の日」に定められています。

そして今年(2021年)の3月13日、かつて湯德章が生活をしていた旧宅が、「湯德章記念館」としてオープンしました。

この旧宅はすでに他の人の手に渡っていましたが、昨年6月、台南市湯德章記念協会がクラウドファンディングによって1か月のうちに8000人以上からによる1000万元もの募金を集めて買い戻しており、協会を社団法人化し、建物の危険な箇所の修復や、白アリ対策、水道電気関係の再調整などを行い、湯德章の命日である3月13日にオープンしました。

記念館は、1階の入り口付近には元々湯德章法律事務所があって、そこには彼の精神や彼に関するものが展示されてあり、中でも1940年代に台南市の林百貨で購入した湯德章弁護士事務所の机や、親族が保管していたオフィスの屏風などが展示されています。

1階の奥の日本式の居住スペースには、警察官から弁護士まで、その生い立ちと、2・28事件前後、そしてその時に起こった大学の事件の様子が紹介されています。

また2階では、8000人以上の募金者の名前も設置されている他、湯德章の寝室が当時のまま残されています。

建物自体はまだ古跡には指定されていませんが、湯德章記念協会は、湯德章の歴史的な位置づけや、台南にとっての重要性は、募金で発揮された人々の力で既に証明されているとしています。

そして「湯德章記念館」のオープンと同じく2021年の3月13日、湯德章の伝記の初の“台湾語版”の漫画が出版されました。

この漫画を描いたのは羊寧欣(ペンネーム:蠢羊さん)。

羊寧欣さんは、この“台湾語版”「湯德章」の伝記の漫画本について、これまでの創作活動の中で最も難しかったとし、3年に及ぶ準備や現地調査、そして自費で日本に行き、湯德章の生涯について紹介したノンフィクション「汝、ふたつの故国に殉ず」の著者である門田隆将氏を訪ね、漫画化の許可を得たそうです。

湯德章記念協会の発起人の一人で歴史研究者の李文雄氏は、漫画は一種の親しみやすい文学作品だとし、このような作品で湯德章の事を知るきっかけとしていい教育促進だと語っています。

しかも今回、出版されたのは台湾で初となる“台湾語”の漫画となっていて、当時の台湾本島の人々の主要な言語である“台湾語”で語られ、巻末には歴史的な資料や遺物の写真が追加され、歴史的な場面をより身近に感じられるようになっています。

この本には賴清德・副総統、台南市の黃偉哲・市長、張燦鍙・元市長といった、3代の台南市長もそれぞれ自ら推薦文を寄せています。

賴清德・副総統は推薦文の中で、「創作物を使って移行期の正義の光を描き出す」と述べていて、湯德章弁護士の物語は単一のケースではなく、多くの台湾のエリートたちが直面した出来事だ。多くの民主主義の先輩たちの血と涙の結晶によって、自由に意見を述べ、議論することができる今の台湾がある。「台湾は暗く長い廊下を歩いてきたが、ようやく光が見えてきた」とコメントしています。

社会問題に関心のある漫画家の羊寧欣さんは、この本を通してより多くの人に湯德章の物語の事を知ってもらいたいとしています。

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