文化の台湾 - 2020-11-06_台湾映画の歴史と取り組み

  • 06 November, 2020
  • 林 蕙如
世界に先駆けて台湾で公開された「鬼滅の刃」。まずは日本語版の上映だったにもかかわらず多くのファンが観賞した。また中国語吹替版の声優陣も「吹き替え中に何度も泣いた」と語るなど台湾でも多くの人を魅了している。(写真:CNA)

今、日本では「鬼滅の刃」人気がすごいですよね。先月公開された「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」は、公開からわずか17日間で観客動員数1,189万1,254人、興行収入157億9,936万円を記録し、日本の歴代興行収入ランキングでは、2009年公開のアメリカ映画「アバター」の156億円、2008年公開の「崖の上のポニョ」の155億円を超え、歴代10位になりました。公開からたった10日間で興行収入100億円を突破したのは、現在、日本歴代最高興行収入の2001年に公開されたジブリ映画「千と千尋の神隠し」が記録した25日を上回る歴代最速記録となっています。最終興行収入も「千と千尋」超えなるか?!と注目を集めていますが、そんな「鬼滅の刃」の人気は日本だけではありません。世界中で人気です。

そしてもちろん、ここ台湾でも大人気!先日(10/30)からは世界に先駆けて台湾でも「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」が公開となりましたが、なんと前売り券の販売枚数は1万枚を突破!公開して3日間で興行収入が1億台湾元(およそ3億6,000万円)を突破したそうです。

ちょうど先週、私も別の映画の上映時間を調べようと映画館のサイトを見ていたら、一つの映画館で「鬼滅の刃」の上映が、平日で15上映、週末になると25上映組んであり、どの上映時間もほぼ満席となっていて驚きました!

しかも実は10月30日に上映が始まったのは“日本語版”で、中国語吹替版は今日(11/6)からの公開なんだそうです。でも、それをも待ちきれない!というファンや、日本語がわかるファンが早速映画館に集まていたようです。これから中国語吹替版が公開ですので、「待っていました!」という人や、「日本語版観たけれど中国語吹替版も観たい!」というリピーターなど、台湾ではまだまだこれからも「鬼滅の刃」の興行収入が伸びそうです。

ところで、台湾の人たちってそんなに映画好きなの?と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。今回の「鬼滅の刃」の人気は、日本のアニメ好きが多いという背景ももちろんありますが、実は台湾の人たちは映画好きが多いようです。

少し前、2018年のデータですが、世界各国の映画興行収入ランキングにおいて、台湾の映画興行収入は107億8,000万台湾元(日本円およそ391億2,300万円)と、人口は世界56位ですが、映画の興行収入ランキングは世界17位と高い位置にいるのです。

「映画」の始まりは1895年と言われていますが、台湾の「映画」の歴史は、日本統治時代の1900年から始まります。世の中に「映画」が誕生して数年経っていたことから、台湾に「映画」が入ってきたときには既に台湾には映写機や上映技術を持つ日本人がおり、初期に台湾で上映された映画の多くは、台湾に短期巡回上映に来ていた日本の巡業師が行っていました。台湾人で最初に映画巡回上映を行ったのは、台湾北西部・苗栗に住んでいた廖煌さん。東京で映写機を購入し、2か月かけて使い方を学んび、買って帰った25~26本の映画を苗栗でお金を受け取って上映したのが最初でした。

初めて台湾で撮影された映画は1907年、日本人の高松豊次郎率いる撮影チームが台湾北部、中部、南部の100を超える場所で撮影した「台灣實況介紹(台湾紹介映画)」。この映画は台湾各地で上映されただけでなく、日本で行われた台湾博覧会などでも上映され、多くの日本人も台湾とはどのようなところなのかを知ることとなります。そして、台湾の様々な場所で巡回上映が行われたり、映画が制作されたりと、台湾映画の盛り上がりがやってきます。

戦争がはじまると、1945年まで実質的に作品を提供することはできませんでしたが、戦後、台湾の映画産業は再び動き出します。最初は中華民国政府が運営するスタジオが主導となり、ニュースフィルムや制作宣伝映像を撮影。

1954年には、多くの映画製作者が香港から台湾にやってきて、中国語映画事業の基礎が作り出されていきました。

1955年になると戦後初の台湾語映画が上映され、そこから1981年までおよそ20数年“台湾語映画”の時代がやってきます。多い時には1年で120本もの作品が世に出たんだそうです。この台湾語は、台湾最大の方言です。中国大陸福建省南部の言葉にルーツを持っていることから、「閩南語」とも呼ばれています。閩は、福建省の略称です。

1960年代から1970年代にかけてはメロドラマやカンフー映画が人気となりました。

ところが1980年代後半になるとCDや有線テレビといった新たなメディアが続々と現れ、またカラオケなどの娯楽も増えていき、映画産業は“唯一の娯楽”ではなくなっていきます。そして映画会社も製作を縮小していき、台湾映画の衰退期に入っていきます。

そこから長い間低迷していた台湾映画が復活をしたきっかけは、2008年に台湾で公開された魏德聖・監督の映画「海角七號(邦題:海角7号 君想う、国境の南)」。監督も俳優陣も無名だったにもかかわらず、口コミで広まり、興行収入は5億3,000万台湾元(日本円およそ19億2,300万円)を記録し、当時、1997年に公開されたハリウッド映画「タイタニック」に次ぐ台湾歴代興行成績2位となりました。その後、魏德聖・監督の「賽德克·巴萊(セデック・バレ)」や、九把刀・監督の「那些年,我們一起追的女孩(邦題:あの頃、君を追いかけた)」とヒットが続き、国内だけでなく、海外でも好成績を上げています。

ただ、文化部の資料によると、2018年に台湾で上映された映画759作品のうち、台湾映画は64作品で、興行収入はおよそ8億1,000万元(およそ29億4,000万円)と、この年の全体の興行収入のうちの7.5%でした。また昨年(2019年)も、上映された作品827作品のうち、台湾映画は77作品で、シェアは9.3%と、少し高まっているものの、まだ10%に満たない状態です。また、台湾の歴代興行収入ランキングのトップ10は全てアメリカ映画が占めていて、台湾映画は17位にランクインしている「海角七號」が国内映画のトップとなっています。

これは、台湾の人たちはハリウッド映画が好きという見方もできますが、“台湾映画を盛り上げよう!”と、文化部のサポートのもと、台湾の映画館や配給会社、制作会社などが手を組んだ「台湾電影起飛大聯盟(台湾映画飛躍的な発展(促進)大連盟)」が今年(2020年)の7月に立ち上がりました。文化部は上映本数に占める台湾映画の割合を3年以内に20%に高めたいとしています。そして連盟の発足から2か月半後の9月末までで台湾映画全体の興行収入は2億6,500万元(日本円およそ9億6,200万円)に達しているほか、7月から9月25日までに公開された台湾映画12本のうち、10月4日までの集計で興行収入が1,000萬元(およそ3,600萬円)を超えた作品は7作品に上るなど、好調な成績を収めています。今も注目の台湾映画が公開されていて、官民挙げて台湾映画を盛り上げていこうとしています。

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