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Rti 台湾国際放送Rti 台湾国際放送台湾ソフトパワー - 2022-07-05_“反射鏡菩薩”こと張秀雄さん

  • 05 July, 2022
台湾ソフトパワー
反射鏡を磨き続けてきた張秀雄さん(写真:新北市交通局提供)

よく、「台湾の美しい風景は“人”」と言われますが、その風景は旅行に訪れた時に触れ合う人情味だけではありません。台湾の人たちは、何かの見返りを求めるわけでもなく、人のために自ら行動をする人が多い印象です。

そんな台湾で、「反光鏡菩薩(反射鏡の菩薩)」と言われていた人がいます。その人は、台湾北部・新北市の張秀雄さん。

なぜ張秀雄さんが「反光鏡菩薩」と言われていたのかというと、9年に渡って、累計19万枚の“反射鏡”を磨き続けてきたからです。

張秀雄さんは、1943年、台湾中部・台中市神岡区の農家に生まれました。小学校の教育しか受けていませんでしたが、兵役を終えた後、台北で仕事をしていた兄のもとで一緒に勉強をし、仕事をするようになりました。24歳から57歳で定年を迎えるまで、建設業に従事し、家を建てたり、足場の制作などの仕事をしてきました。

何もない所からスタートし、4人の子供と9人の孫たちに囲まれて慎ましく暮らしてきた張秀雄さん。68歳の時、息子さんと一緒に北部・新北市の烏來(ウーライ)に出かけた際、その通り道である「北宜公路」という主要な道路・省道を通っている途中、路肩の反射鏡の下に、お線香や、お参りの際にお金の代りとして焼く「銀紙」が備えてある場所を目にしました。付近の住民に尋ねると、この場所で20代の若者が事故で亡くなったとのことでした。また、反射鏡が植物で覆われている姿にも気づいた張秀雄さん─。

このことがきっかけとなり、道をよく観察してみると、本来は死角をなくすために設置されたはずの反射鏡が、長い間、メンテナンスがされていなかったため、ミラーが汚れて、くすんで見えにくかったり、曲がって倒れてしまったりしていました。そこで、張秀雄さんは、ミラーを覆っている植物を切って、ミラーを磨けば、反射鏡の機能が復活して、通る人たちも安心できるのではないかと考え、早朝の散歩の際に、家の近くの中和、土城、板橋エリアの道路にある反射鏡を磨き始めたんだそうです。

しばらくして、ふと「このように同じところを繰り返していてはダメだ、ルートを見つけてもっと遠くまで行こう」と決め、エリアごとにルートを分け、毎日日記に「どこの反射鏡をいくつ磨いた」…と言った記録を残していきました。

そして次第に、台北市、新北市から、遠くは桃園まで範囲を拡大、大雨の日や、旧暦のお正月などを除いてほぼ毎日、早朝4時頃に家を出て、毎回数時間かけて反射鏡を磨いて帰ってきていたそうです。

時には、野良犬に追いかけられたり、割れた陶器の破片でふくらはぎを切ってしまったり、バイクで滑ってしまったりして、家族はとても心配していました。

また、ある時には泥棒と間違われたり、またある時には通りすがりの若者から罵られたりしたこともあったそうです。

そして最も大変だったのが、ある日、いつも通りミラーを磨いて家に帰る途中、バイクの前輪がパンクしてしまい、バイクに10メートル近く引きずられ左のろっ骨を5本折る大けがを負って病院に運ばれ、数日間入院。退院後も、医師は少なくとも4か月は家で大人しくしておくようにと話していたそうですが、毎日、ミラーを磨きに行くのが習慣となっていた張秀雄さんは、毎日家にずっといるのに耐えられず、仕舞には息子さんが仕事に出かけた後にこっそりと出かけるようになりました。

そしてその後も反射鏡を磨き続けてきた張秀雄さん。

その姿を見かけた市民は、最初は政府が依頼している清掃会社の人だと勘違いする人も多かったそうですが、次第に世間に知られるようになりました。またマスコミもインタビューをしようとしていましたが、当初、張秀雄さんはそれを拒否していました。

反射鏡を磨き続けて4年が経ったある日、桃園市の李柏坊・議員に発見され、取材を受けてはどうかと提案されます。それも最初は拒否していたそうですが、李柏坊・議員から、「今日はちょうど観音様の誕生日だ。あなたの善行がより多くの人の目に触れ、社会にプラスのパワーをもたらすようにという観音様のお導きだ」と言われ、取材を受けることにしたんだそうです。

そして、2016年には、道路や鉄道などの管理等を管轄する公路總局から「金路獎(ゴールデンロード賞)」を授与されました。

授賞式のスピーチでは「反射鏡が輝くのを5年以上見てきたが、自分の心の鏡はまだ輝いていない。しかし死ぬまで自分の心の鏡を磨き、何の心配もなくこの世を去ることができると確信している」とコメントしています。

そんな張秀雄さん、先月(6/8)に病気のため、この世を去りました。79歳でした。

「反光鏡菩薩(反射鏡の菩薩)」と呼ばれ、9年間で累計19万枚もの反射鏡を磨き続けてきた張秀雄さん。彼の存在は、台湾の多くの若い人にも知られ、尊敬されていて、フェイスブックのグループに亡くなったことが書き込まれると多くのネットユーザーから「ありがとう、おじさん。お疲れさまでした」、「おじさん!すべての道を照らしてくれてありがとう」と言った、張秀雄さんへの感謝のメッセージや哀悼の意が書き込まれました。

黙々と反射鏡を磨き続けてきた張秀雄さんのその姿は、地域の人の心にしっかりと残っていることでしょう。

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