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Rti 台湾国際放送Rti 台湾国際放送台湾ソフトパワー - 2022-03-29_元プロゴルファー、“Mr.Lu”こと「呂良煥」さん

  • 29 March, 2022
台湾ソフトパワー
元プロゴルファー、“Mr.Lu”こと「呂良煥」さんが3月15日亡くなった。85歳でした。(写真:CNA)

今月は、台湾のベテラン俳優の唐川さんが3月13日に亡くなったのに続き、3月15日には、台湾の有名な元プロゴルファー、「呂良煥」さんが亡くなりました。85歳でした。

日本でもゴルフ好きの方は知っているという方も多いのではないでしょうか。

「呂良煥」さんは、1936年、日本統治時代の台北・淡水で生まれました。貧しい家庭で育った「呂良煥」さんは、普段は家の仕事を手伝い、学校が休みの日には牛を連れて淡水のゴルフコース付近で放牧をしていました。そして夏休みなると、ゴルフ場で、ゴルフクラブを背負って運びお金を稼ぐようになり、小学校を卒業後はキャディとして働き始めました。

そのことがきっかけとなってゴルフに興味を持つようになった「呂良煥」さん。淡水のゴルフ場でキャディとして働きながら、ゴルファーの技を観察し、学びますが、ゴルフクラブを買う余裕もないので、竹を削ってゴルフクラブを作り、小さなグァバをゴルフボールとして、お客さんの少ない平日に、キャディ仲間たちと練習をしていたそうです。

「呂良煥」さんが16歳の時、淡水ゴルフ場でアメリカ軍の将軍がキャディたちのために特別にゴルフ大会を企画しました。

その優勝賞品は、「1番ウッド=ドライバー」。

「呂良煥」さんはその賞品を獲得するためエントリーし、かなりの練習を重ねます。そして見事優勝し、ずっと夢みていた最初の1本、しかも外国製の「ドライバー」を手に入れました。

これが励みとなり、「呂良煥」さんは次の大会でも勝ちたいと思いました。

そして2回目の大会でも見事優勝。「2番ウッド」、「3番ウッド」のセットが揃い、3回目の大会でも優勝を果たし、ついに彼のキャディバッグの中には9本のクラブが揃いました。

こうして「呂良煥」さんは自身の努力と実力で、人生で最初のゴルフ道具一式を手にしました。

1955年、「呂良煥」さんは19歳の時に、ゴルフ選手になります。

1956年に中華民国・台湾の正式なゴルフ組織が立ち上がり、その最初のゴルフチームを海外の試合に派遣する際、当時、日本でも有名だった陳清波さんと共に、新人の「呂良煥」さんもイギリスのサンアンジェロで開催された「第4回 ワールドカップ・プロゴルフトーナメント」に参加しました。

この大会では、中華民国・台湾は29か国中、23位という結果でしたが、「呂良煥」さんにとっては、初の海外でのプレーであり、初めてのゴルフ発祥の地であり、初めてキャディのゴルフ大会で手に入れたゴルフ道具一式を携えての参加でした。そしてさらには、大会ではベン・ホーガンやピーター・トムソンと言った名手たちの“ゴルフの技術”を目の当たりにして、「これが本当のゴルフだ!」と実感した試合だったそうです。

そして1957年6月、「呂良煥」さんは正式に試験に合格し、台北ゴルフ場(現在の青年公園ゴルフ場)のプロゴルファーとなりました。これによって、「呂良煥」さんは、台湾初の試験に合格した正式なプロゴルファーとなったんです。

1959年、23歳の時に、現在のアジアンツアーの前身である「遠東ゴルフツアー」の第1回香港オープンで1打差で優勝し、当時の「遠東ゴルフツアー」最年少チャンピオンとなり、彼の名をアジアのゴルフ界に知らしめました。

その後も、日本や香港、フィリピンなど、各地の大会で優勝し、「呂良煥」さんは通算20勝を挙げました。

中でも印象深かった試合は、1971年の「第100回 全英オープン」。

優勝争いをしていた、最終ラウンドの最終ホールでセカンドショットがイギリス人女性観客に命中してしまいます。しかし、この女性は彼を責めるどころか、「頑張って、Mr.Lu、私のためにバーディーを決めてください」と応援したそうです。この女性はすぐに病院に運ばれ治療が行われましたが、「呂良煥」さんは、約束通りバーディーを決め、チャンピオンに1打差で2位をキープしました。これは、これまでの華人男子選手の4大大会における最高成績で、かつ“Mr.Lu(ミスター・ルー)”の愛称で世界に親しまれるきっかけとなりました。

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「呂良煥」さんは、1979年には、モロッコの王国や、コートジボワールの大統領の招きを受け、アフリカで、中華民国の発展を説明するとともに一緒にゴルフを楽しむなど、ゴルフ外交を行い、“中華民国の親善大使”とも呼ばれていたほか、引退後も自分の経験を伝えたいと、ゴルフ場で若い選手と会うと、アドバイスをしたり自身の経験を伝えたりしていて、台湾のゴルフ選手たちからとても愛されていました。

ゴルフの成績はもちろん、外交の面でも貢献し、若い選手たちの大きな力にもなってきた「呂良煥」さんですが、今月、3月15日早朝、病気のため、85歳でこの世を去りました。

「呂良煥」さんがこの世を去った後、台湾プロゴルフ協会の陳榮興・理事長は、「台湾ゴルフ界は一人の非常に優秀な先輩を失った。これはゴルフ界にとって大きな損失だ」と「呂良煥」さんを悼みました。

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