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Rti 台湾国際放送Rti 台湾国際放送台湾ソフトパワー - 2021-10-26_「金鼎獎」で特別貢献賞に選ばれた初安民さん

  • 26 October, 2021
台湾ソフトパワー
2021年の「金鼎獎(ゴールデン・トリポッド・アワード)」の特別貢献賞に選ばれた、現在「印刻文學生活誌」の総編集長を務める初安民さん。(写真:初安民さん提供)

台湾には、有名な3つの賞、台湾版グラミー賞と呼ばれる「金曲獎(ゴールデン・メロディー・アワード)」、台湾版アカデミー賞と呼ばれる「金馬獎(ゴールデン・ホース・アワード)」、台湾版エミー賞と呼ばれる「金鐘獎(ゴールデン・ベル・アワード)」がありますが、それ以外に、出版に関する賞「金鼎獎(ゴールデン・トリポッド・アワード)」があります。

これは、出版関係において、卓越した表現をした出版業者や、スタッフ、そして創作者を奨励するため1976年に設立され、今回が45回目となります。

その「金鼎獎」の今年(2021年)のノミネートリストが、先ごろ発表されました。コロナ禍、今年は1300作以上のエントリーの中から、最終的には合計29作品が賞を獲得し、51作品が優秀出版物として推薦されます。

そして、その今年の「金鼎獎」の特別貢献賞に、現在「印刻文學生活誌」という雑誌の総編集長を務める初安民さんが選ばれました。

初安民さんは、1957年、韓国で生まれた華僑の二代目です。

彼の父親は中国大陸の山東省煙台の東洋医学の医者“中医”でした。

1949年、中国大陸における政治的変化から海外へ逃げることを選びますが、船が小さく、台湾までたどり着くことができず、最終的には韓国に落ち着きました。

韓国の田舎町で生まれ育った初安民さんは、とても厳しい教育を受けたそうで、小さい頃はおもちゃで遊んだりした記憶はほとんどなく、外出も稀でした。普段は、「父親が自身の話をしてくれたり、家にあった『論語』や『左傳(春秋左氏伝)』の漢文を口語に訳して聞かせてくれた」と振り返っています。

このような環境から、初安民さんは、父が抱いていた中国大陸への喪失感と、自由な台湾へのあこがれを受け継ぎました。

この時、台湾に住む親せきからたまにドライパイナップルやパイナップルの缶詰が送られてきましたが、それをくるんでいる新聞の広告の文章でさえ、興味津々で読んでいたそうです。

1977年、家族で韓国から台湾に移住。

国立成功大学中国語学科に入ったあと、詩を書いたり、校内雑誌を作ったりといった活動を行い、1979年に、成功大学の「鳳凰樹文學獎(鳳凰の樹文学賞)」を獲得。数冊の詩集を出版しています。

しかし、創作よりも編集の方が人生をかけてやりたいと思ったそうで、本人は「好きから、生み出す使命感となり、最後には自分以外適切な人がいないという意識になった」と語っています。

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初安民さんは、人生で2種類の仕事しかしていないことを誇りに思っているそうです。

その一つは教師─。実はその当時、付き合い始めてまだ間もない彼女が台中の大学院で勉強していたことから、台中の学校で1年間教師を務めたんだそうです。ただその仕事は興味とは一致せず、恋が落ち着いたあと、迷わず辞めてしまったそうです。

そしてもう一つは、長きにわたって行っている文學編集の仕事。

「聯合文學」という雑誌で、一般のスタッフから編集長まで上り詰め、「聯合文學」を離れた後は「印刻文學生活誌」を創刊、その間にも同時に「短篇小說」という雑誌の編集も引き受けました。

現在も総編集長を務める「印刻文學生活誌」では、個人の出自や、好き嫌い、流派などはいったん脇に置き、様々な文学の“花”が開く「大花園主義」を追求しています。

初安民さんは、「文学は国境を越えた、一つの共和国であるべきだ」としていて、多様性が許容され、自由に声をあげることが許されている台湾で出版に従事できることは、自身の理念を貫くための強い支えとなっています。

そして「台湾が最も貴重なのは、華人の世界において、半世紀以上に渡って開かれた、自由で、多元的な特性と伝統を有しているということ。これは出版業界だけでなく、言語教育、学術訓練や学術評論などの方面も含まれる」と語っています。

そんな初安民さん、今回、「金鼎獎」の特別貢献賞に選ばれました。

審査員団によりますと、初安民さんは「印刻文學生活誌」の総編集長を20年近く勤めていて、台湾の文学にこだわり、著名な作家の作品や、新人作家を育てて出版するだけでなく、出版著作で数々の賞を獲得している。また、多くの貴重な文学史を残し、文学振興に尽力し、文学賞などを開催するなど、台湾の文学を維持し続けていることが今回の受賞となったそうです。

子供の頃、韓国の華僑学校で勉強した初安民さん、教材には限りがあり、授業でしか使えませんでした。

台湾に移住してからは、文学の豊かな土地を耕し、様々な花を咲かせることができ、とても幸せなんだそうです。だから、定年を迎えた今でも編集の仕事は「疲れ果てるまでやる」と宣言しています。

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