台湾博物館(2021-05-02)繊維から電子へ、台湾産業の変遷30年(下)――日本の化学メーカー系商社の台北支社責任者・竹中文彦

  • 02 May, 2021
ミュージアム台湾(台湾博物館)
日本の化学メーカー系商社の台北支社責任者を長年務めてきた竹中文彦さん。中国大陸とのビジネスにもかかわった経験がある。(写真:rti)
ミュージアム台湾(台湾博物館)
台湾の繊維産業は、機能性繊維を得意としている。竹中さんは、これが台湾の繊維産業として最後に残された選択だったと言う。(写真:CNA)
ミュージアム台湾(台湾博物館)
今後、台湾でどのようなビジネスを展開していくのか。世界的に注目されている半導体分野で竹中さんの模索が続く。(写真:viazavierUnsplash)

インタビュー

竹中文彦(日本の化学メーカー系商社の台北支社責任者)

「繊維から電子へ、台湾産業の変遷30年(下)」

 

4月4日に続いて、竹中文彦さんのインタビュー後半をお届けする。

 

竹中文彦さんは、日本の化学メーカー系商社の台北支社責任者として1992年に台湾に赴任してから、これまで30年ほどビジネスで台湾とかかわってきた。

赴任当初、取り扱っていたのは繊維関係だ。当時、台湾の繊維産業は最盛期だった。その後、台湾の繊維企業が中国大陸に生産拠点を移すにつれて、仕事の中心は電子産業向けの樹脂、化学品に変わっていった。今は、電子産業向けが仕事のほとんどだ。

竹中さんから見た台湾産業の変化は臨場感にあふれている。

 

竹中さんは、一時期、台湾の業務を続けながら、中国大陸・上海に拠点を移して中国大陸でのビジネスにかかわったことがある。台湾と中国大陸を行き来し、中国大陸の各地を新規顧客の開拓で飛び回った。1年に100回は飛行機に乗っていたこともあるという。

後半では、そんな竹中さんが感じた台湾と中国大陸のビジネスの違い、その変化についてもお話しいただいた。

そして、台湾を長年見てきた竹中さん、台湾でのビジネスチャンスをどう考えているのか、もお聞きした。

 

【竹中文彦】

■学歴

日本の大学の中国語学科を卒業

 

■経歴

1992年から日本の化学メーカー系商社の台北支社責任者

 

(インタビュー:早田健文)

 

Program Host

関連のメッセージ