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馬場克樹の「とっても台湾」-2022-09-25_台湾に根を下ろした日本歌謡_1

  • 25 September, 2022
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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」)

<第1セクション:バス旅行の定番ソング『快樂的出帆』>

日本では懐メロとしても、人々の記憶から既に忘れ去れてしまっている曲が台湾では、現在に至るまで歌い継がれている。その代表格が1958年に曽根史郎(のちに曽根史朗と改名)さんが歌った『初めての出航』の台湾語版『快樂的出帆(楽しい出航)』という曲だ。観光バスの出発時に老若男女を問わず、皆で合唱することもある。台湾語版は日本語お版と同じく1958年に、台湾の美空ひばりと呼ばれた陳芬蘭さんが弱冠10歳の時に歌い大ヒットし、その後も多くの台湾の歌手たちにカバーされ続けてきた。

<第2セクション:母の日には『媽媽請妳也保重』>

『快樂的出帆(楽しい出航)』とほぼ同時期に、台湾語にカバーされ、同じく今でも歌い継がれている歌がもう一つある。それは、先頃亡くなった「文夏」さんが台湾語の歌詞を付け自ら歌った『媽媽請妳也保重(母さんも身体に気を付けて)』という1958年にレコードリリースされた楽曲である。この曲の日本語の原曲は、藤島恒夫さんが、その前年の1957年に「俺らは東京へ来たけれど」。台湾では都会に出てきた青年が故郷のお母さんを思う歌として、母の日やお母さんの誕生日などに歌われることが多い。

<第3セクション:台湾語歌謡の隆盛期を担った日本歌謡>

『快樂的出帆(楽しい出航)』や「媽媽請妳也保重(母さんも身体に気を付けて)」等、1950年代後半から1960年代の半ばにかけて多くの日本歌謡が台湾語にカバーされたことで、現在戒厳令の時代に青春を過ごした50代、60代以上の方々にも日本の音楽文化が間接的に伝わり、台湾の日本語世代の次の世代に親日の土壌が引き継がれた点についてもっと注目すべきではないか。「台湾に根を下ろした日本歌謡」は、シリーズとしてこの番組でも折に触れて取り上げていきたい。

 

 

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