GO GO台湾 - 2020-05-09烏山頭水庫(八田与一)と鄧麗君(テレサ・テン)のお墓

  • 09 May, 2020
  • 王 淑卿
テレサテンさん(写真:データ写真)

トーク①:烏山頭水庫(八田与一)≫

トーク②:鄧麗君(テレサ・テン)のお墓≫

トーク③:台湾の防疫対策≫

パーソナリティ:中野理絵

昨日、5月8日は日本と台湾にとってとても大切な2人の人物の命日でした。

1人は多くの台湾人から敬愛されている「八田与一」。日本統治時代の台湾に水利技師として渡り、干ばつに苦しんでいた台湾南部、嘉義から台南にかけて広がる大きな「嘉南平原」の農業や水利建設に貢献した人物です。

日本ではあまり知られていませんが、2014年に公開された台湾から甲子園に出場し、準優勝した嘉義農林野球部を描いた台湾映画『KANO』の中で登場し、その存在を知ったという人も少なくないと思います。私もそうでした。映画の中で、八田与一が計画している大規模な水利工事「嘉南大圳(かなんたいしゅう)」についての授業シーンが出てくるんですが、台湾では八田与一と言えば今でも教科書にも登場するなど、知らない人はいないほどに有名な人物です。

その「嘉南大圳」事業として最初に始まったのが「烏山頭ダム」の建設で、完成当時はアジア最大規模のダムだったそうです。このダムのおかげで灌漑対策が進み、さらには、ダムの水だけではこの地域に必要な水量の3分の1程度しか供給できないことから、土地を分割し、給水を必要とする稲作、あまり給水を必要としないサトウキビ、給水を必要としない雑穀を1年ごとに順次栽培するという“三年輪作栽培”を考案しました。これによって15万ヘクタールの耕地を賄うことができ、台湾南部が台湾の経済を大きく支える穀倉地帯となりました。その功績を称え、今はそのダムの一部が「烏山頭水庫風景區」として開放されていて、そのダムを見下ろすほとりには八田与一の銅像が建てられています。

銅像と言っても、よく見かけるピシッとした格好でシャキッと立っている銅像とは違い、ちょっと変わったスタイル。腰を下ろして、右ひざを立てた上に右ひじを載せ、その右手は髪の毛をいじるようなポーズ。なかなか個性的な銅像ですが、実はこのポーズは八田与一が考え事をしている時によくとっていたポーズなんだそうですよ。

そしてその銅像の前で毎年命日の5月8日には追悼式典が行われています。ダムを管理する嘉南農田水利会は、毎年八田与一の子孫や日本の友人を招いているのですが、逝去から78年目を迎える今年は新型肺炎の影響で日本から訪れることはかないませんでした。しかし、6日には台南市の黄偉哲・市長が、そして命日の8日には日本台湾交流協会台北事務所の泉裕泰代表らが花を手向けました。

この開放されている「烏山頭水庫風景區」には、銅像の他にも、八田与一にまつわる場所があります。

「八田與一紀念園區」には、八田与一が当時住んでいた日本式の家などが忠実に再現されていて、室内はたたみだったり、季節の飾り物がしてあったりします。建物の修復を担当した技師は、八田与一の故郷である石川県にも赴き、その建築様式や日本の木造建築の技術を取り入れて作り上げたんだそうですよ。

また、「八田技師紀念室」という記念館には、ダム建設時の様子や資料、当時の写真などが展示されています。

この他にも、公園の南の端には、深い愛情で結ばれていた八田夫妻にあやかった「戀占石」という“恋占いの石”もあるんですよ。

ただ、今は新型肺炎の影響で、各施設も休館していたり、開放時間を変更していたりしていますが、今年は「嘉南大圳」事業が始まってから100年─。八田与一がどれほどの功績を残したのか、そしてどれほどに台湾の人たちから愛されていたのか…新型肺炎が収束してまた台湾を訪れることができるようになったら、その歴史をたどりに「烏山頭水庫風景區」へ行ってみてください。

「烏山頭水庫風景區」へのアクセスは、在来線台湾鉄道「台南」駅から「隆田」駅へ行き、バスへ乗り換え。興南客運バスの橘(たちばな)10番(台南芸術大学行き)のバスに乗って「烏山頭水庫」バス停下車です。

ただ開放されているのはダムの一部とは言ってもとても広いので、ぐるっとあちこちを見て回りたいという場合は、タクシーをチャーターしていくのがいいかもしれません。

(編集:中野理絵/王淑卿)

 

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