許水徳・元駐日代表告別式、蔡・総統が褒揚令授与

  • 19 April, 2021
  • 王淑卿
許水徳・元駐日代表告別式、蔡・総統が褒揚令授与
台湾の最大野党・国民党の中央評議委員主席団の主席で、元駐日代表だった許水徳氏が去る3月31日、肺炎で亡くなった。享年90歳だった。許水徳氏の告別式は19日午後、台北市内で行われた。告別式に参列した蔡英文・総統(右)は、許水徳氏に褒揚令を授与し、遺族が許氏の代りに褒揚令を受け取った。褒揚令は、国家に対して多大な貢献をした人を表彰するために与える公文書のこと。(写真:総統府のFlickrより)

台湾の最大野党・国民党の中央評議委員主席団の主席で、元駐日代表だった許水徳氏が去る3月31日、肺炎で亡くなりました。享年90歳でした。許水徳氏の告別式は19日午後、台北市内で行われました。告別式に参列した蔡英文・総統は、許水徳氏に褒揚令を授与し、遺族が許氏の代りに褒揚令を受け取りました。褒揚令は、国家に対して多大な貢献をした人を表彰するために与える公文書のことです。国民党も許氏に褒揚令を授与し、氏の貢献を称えました。

許水徳氏は、1931年高雄市生まれです。国立台湾師範大学の出身、高雄市長、台北市長、中華民国の内政を担う内政部長、中華民国の日本駐在大使に相当する駐日代表、中華民国の公務員の採用・考課などを担う考試院の院長、中国国民党の秘書長などの要職を歴任しました。

褒揚令では、許水徳氏が考試院長在任中、人事に関する法規の制定を推進し、文官が人材訓練を受ける際の保障を高め、公務員制度を改革し、退職・慰問基金の健全化を図り、人事行政の中立公正性を高めたなどの功績が挙げられています。

国民党の江啓臣・主席は、「許水徳氏に対する尊敬は言葉で表現できるものではない。国家と政党に対して多大な貢献をした先輩を失って非常に悲しい。私は特に悲しく感じている。なぜなら、私の主席当選証書は、許水徳氏が私に手渡したものだから。国民党を代表して許氏に褒揚令を授与することはつらいことだ」と述べました。

許水徳氏は、中国大陸から渡ってきた蒋経国・元総統が在任中に起用した第2陣の台湾人青年です。許水徳氏は、「水車哲学」を唱えています。許水徳氏によりますと、水車は、半分が水の上、半分が水の中にあります。空気は理想、水は現実のようです。両者を共に重んじて力を入れて水車を踏んで、しっかりと物事に対処してこそ、すべてを円満に行うことが出来るのだと主張しています。

貧しい家庭出身の許水徳氏は、自らの努力により公務員の試験をパスし、政府高官がほとんど中国大陸から渡ってきたいわゆる「外省人」だった蒋経国総統の時代に、台湾人のエリートとして抜擢され、多くの要職を歴任した許水徳氏は、政治生活からこの「水車哲学」を悟ったということです。

許水徳氏は、幼いころ、父母と共に転々としていました。あまりにも貧しかったので、家賃を払えなかったときもあります。許水徳氏が13歳のことでした。母親は、重病に罹りましたが、お金がなく、治療を受けることができず、そのまま帰らぬ人となりました。

1968年、許水徳氏は、日本で博士コースに進学するチャンスを放棄して台湾に帰ってきて、当時の蒋経国・総統の「吹台青政策(台湾人青年抜擢政策)」に従い、蒋経国・総統が抜擢した台湾人の青年政治家の1人となりました。これで正式に台湾の政界に足を踏み入れるようになりました。

許水徳氏は、かつて「(中華民国第6代副総統だった)謝東閔氏は、僕を発掘した人、蒋経国・元総統は、僕を抜擢した人、李登輝・元総統は、僕を重用した上司だった」と言いました。このことからも、許水徳氏がいかに重用されていたかお分かりになるでしょう。

許水徳氏の座右の銘は、「以誠待人(誠意も持って人に接すること),處事為公(公のために力を尽くすこと),設身處地(その人の立場に立って考えること),感恩惜福(常に人の恩に感謝し、幸せを大切にすること)」です。

この座右の銘から、許水徳氏の人となりが伺えるでしょう。

李登輝・元総統に重用された許水徳氏は、李登輝・元総統が国民党を離党したため、李登輝・元総統と異なる道を歩むことになりましたが、李・元総統といい関係を維持していました。ふだんよく電話で連絡したほか、祝祭日のときもよく李登輝・元総統を訪れていました。

許水徳氏は、2019年新刊書を出版した際、李登輝・元総統は、序文の中で、「誠実で頼もしい。私心はない(自分の利益だけを考える心はない)。すべては大局を優先する。どのポストにおいても悔いのないよう、全力で行う。公職者の模範になるに値する、誰でも賞賛している人だ」と書き、許水徳氏を高く評価しています。

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