台湾音楽における日本の影響、音楽文物展開幕

  • 14 November, 2019
  • 王淑卿
台湾と日本のミュージシャンからなる「八得力楽団」が11日、文物特別展のプロモーション記者会見で、ベテランシンガー、林沖さん(中央)と共演。(写真:文化部提供、CNA)

国立伝統芸術センター台湾音楽館で先ごろ、「音楽の記憶-日本で学ぶ台湾音楽家直筆原稿文物特別展」が始まりました。日本統治時代の台湾音楽家が日本文化から受けた影響を出発点に台湾音楽資料や日本で学ぶ台湾音楽家の直筆原稿や文物などを通して、台湾音楽史の発展の流れを紹介しています。

記者会見では台日音楽ユニットの「八得力樂團(バッテリー)」や日本留学経験のあるピアニスト楊芷蘅を招き、会場で素晴らしい演出を披露。台日の音楽交流がもたらした、新たな感覚を届けました。

台湾音楽の発展の過程において、日本文化の影響はとても重要なポイントです。例えば、日本時代に日本企業が台湾にレコード会社を設立し、現代の音楽産業の在り方を台湾にもたらし、それが台湾流行音楽ののちの素晴らしい発展の礎になっています。戦前戦後の台湾音楽家、例えば、江文也、呂泉生、鄧雨賢、許石、楊三郎、郭芝苑、蕭泰然、申學庸など、次々と日本へ研鑽を積みに行き、台湾の芸術音楽、ポピュラー音楽に輝かしい一ページを残しました。テレサ・テンの歌は今でも日本と華人エリアにおいて歌われ続け、台湾のポピュラー音楽史の代表的な存在となっています。

林沖も日本留学時代、思いもかけず日本と香港の共同出資ミュージカル「香港」に出演することとなり、東京宝塚劇場の舞台へ上がったことろ、“東宝は台湾から来た素晴らしい原石を発見した!”と絶賛を受け、日本のマスコミからも取り上げられました。林沖もこれがきっかけとなって、後に日本での台湾芸術事業の門を開きました。

現在既に85歳ですが、ひとたび舞台に立つと、依然としてエネルギーにあふれています。

林沖は、もし日本でのあの最初の縁がなければ、家族は芸能の道に進むことを応援してくれなかった、おそらく今も無名のままだっただろうと笑いながら語りました。

「ひょんなことから日本の芸能界に順調に入ることができた。まさか1か月の演出がこれほどに評価を受けるとは。私に対する新聞の評価は特に大きかった。東宝は一つの原石を見つけ出した。それは台湾から来た学生、林沖だと書いてあった」

もちろん、日本の音楽家、藤田梓のように、出演のため台湾に来て、台湾の音楽家・鄧昌國と出会い、結婚したことで、台湾にとどまり音楽教育に50年近く携わって、今年はさらに中華民国の国籍を取得。台日音楽交流においてとても重要な人物となりました。

これらの人、物、事全てが台湾音楽史を紹介するのに、不可欠なものとなっています。

台湾の音楽資料の回顧のみならず、台湾音楽館は来年3月にこの展示を東京で行う予定で、台日の音楽交流を深め続けたいとしています。

(編集:中野理絵/王淑卿)

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